2015年02月06日

泣く

私は野々村議員がとても関心を惹かれた。議員として珍しくはない汚職事件。今回もそんな終わり方をすると思いきや、彼特有の問題へと進化したように思える。
そもそも大人の一般社会で泣くといくとはあまり好ましくないことだと私達は教わる。そんな中彼はとても激しく泣き出した。このことはしばらく社会に反響を催したのではないだろうか。
現在SNSというものはとても簡単に情報を伝える。そのためか悪意のこもった写真なども多く流れるだろう。野々村議員にも同じことがいえた。泣き顔の写真、あることないこと加工され人気ワードに登るまでとなる。こうなったときに果たして人目に触れる回数の多い人というのは沢山の苦労を社会から私達の前から消えたとしても絶えないのではないかと考える。借りに野々村議員が罪を償い、社会に復帰したとして泣き顔の社会は消えない。テレビの映像は消えない。復帰にはとても前途多難ではないだろうか。
私は改めて有名人というものに観点を置こう。彼らは私達には理解の出来ない給料体制で働いていることだろう。だれもが煌びやかな世界にあこがれ、だれもが羨む世界である。しかし裏を返せばさまざまな人が挫折をし夢を諦めたころには手遅れとなる世界でもある。こう考えると少し野々村議員にも同情せざるを得ない。彼は確かに議員になるために大変な苦労をしたことだろう。それを日本に生かすために働いていたであろう。どこかでネジが曲がっただけかもしれない、そこからレールが外れたぢけかもしれない。しかし私達民間人にとっては罪のことのみを焦点にあて正当な評価なしに物事が進んでいく。カメラを通してさまざまな人の前に醜態をさらされる。私ならそんな環境には耐えられるわけがない。そんなことを考えるとつくづく有名人として社会に名を馳せる人たちは諸刃の剣をもって生活しているものだ。一歩間違えばすぐにでも社会では生きていけなくなる。そんな生活をしたいだろうか。憧れが強く今はだれもが有名人になり得る時代がきている。議員、芸能人、著人。その他もろもろの全てのテレビに映る人に言いたい。今の世の中は生きやすいのか?と。海外のセレブは自分の名を売るための努力を惜しまない。悪いことでさえ名を売るためとなる手段となる。悪いことがいいのではないが日本のように少し歪曲したメディアはあまり良くはないと思う。海外でも悪い、良いはあるその判断の中で一番自分が輝くことのできる人たちが輝くのはきっと自分を上手く売れる人だと思う。日本の有名人ももう少し輝く人となれるよう突発的なことで有名度を上げないようにしてほしいと思う。

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Posted by セキジ at 19:11

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